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堀家さんの事を思い出した。

ふとあるチラシを見たのをきっかけに、ミュージックアートステーションでプロデューサーとして活躍されていた堀家明代さんを懐かしく思い出しました。

堀家さんに出会ったのは2001年。
その頃の私は、ある番組でレギュラーピアニストという大役をさせて頂いていて、スタジオ収録と編曲に明け暮れていました。練習量が必要なクラシック演奏はあまりせずに、机に向かって譜面を作ったりFAXで局の人と打ち合わせをしたり新幹線に乗ったり、、という生活でした。
そんな時、たまたま医師会関連のディナーショーで声楽家の方の伴奏をさせて頂く機会があり、他にも著名な演奏家の方が多く出演されていたんだけれど、そのプロデュースをされていたのが堀家さんでした。キビキビと動いておられた堀家さんとようやくお話が出来たのは、打ち上げの席でした。当時の堀家さんは千里のヤマハに勤めておられたので、数日後さっそくご挨拶に伺い、それをきっかけに調子に乗った私は度々遊びに行くようになりました。
今思えばとても不思議なのですが、堀家さんは上の人からは可愛がられ下の人からは慕われる女性だったのです。

ようやくクラシック演奏に復帰した私は、2002年の夏、デビューリサイタルを計画しました。
そこで最も応援してくれた一人に堀家さんがいました。
ヤマハのサロンで試演会を計画してくれて、そこに最も怖い聴衆…ヤマハのピアノの先生達をたくさん招いてくれました。
リサイタルを無事に終えた後、「波ちゃんに最も必要なのはスケール感だと思う」とおっしゃって、子供達がオーケストラと競演する「夢のオーケストラ」というコンサートのゲスト出演の席を準備してくれました。そこで指揮者の守山先生とも出会う事が出来ました。

その後、活躍の舞台をヤマハから創徳庵へと移されました。
古い日本家屋に小さなライブハウスを作ると、そこはすぐに人気の演奏スポットになりました。
事務所もミュージックアートステーションにという名称で、本当にいろんな仕事をされました。
堀家さんのすごい所は大小区別なく一生懸命に演奏や演奏家と向かい合って下さる事です。
外来の著名アーティストに対しても、無名で細々と活動しているアーティストに対しても分け隔てなく接する、というのは簡単なようでなかなか出来ない事ですが、堀家さんは難しいとも思わずにごく自然体でそれをやっておられました。

その後、事務所を移転されたのですが、その場所は私からは遠く、少しずつ会う回数が減って行きました。それでもお互いに誘い合って、約束するんだけど、堀家さんの方から一方的にキャンセルされる事が多くなってきました。
今思えば、放射線などの癌治療をされていたんだと思います。

2012年9月29日。
その日私は芦屋でコンサートがありました。
堀家さんがセッティングしてくれた「夢のオーケストラ」で初めて弾いたラプソディインブルーをその日も演奏する事になっていました。
リハが終わって留守電を聞くと、堀家さんご逝去の一報でした。
お通夜に駆け付けると、娘さんが気丈に対応して下さった事を思い出します。

堀家さんはインパクト絶大な方なので、顔も声もすぐに思い出せるのですが、意外と一緒に撮った写真がありませんでした。
出来る女性というだけでなく、小ボケなエピソードも数えだすとキリがありません。

1年後に行われた追悼コンサートには世界で活躍されてるピアニストの皆様が駆けつけました。
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今もミュージックアートステーションには堀家さんが大好きなてんとう虫のモチーフが溢れている事と思います!


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by aubaden | 2018-08-08 12:27 | Trackback | Comments(0)